古花銘花への誘い Vol.1

バラは古くから人々に愛され、幾多の物語や愛を育み、人々の心に咲き続けてきました。ハイブリッド ティーの世界において古花銘花と総称される古い品種群が存在します。この品種群はハイブリッド ティー黎明期から今日までの発達の歴史がそのまま残されているといって過言はなく、一部の愛好家に強烈な支持を得ています。

 

ハイブリッド ティーはハイブリッド パーペチュアルの優れた樹勢とティーローズの四季咲き性を一つに融合させる事を目的としています。1867 年には、ラ フランスが誕生しています。それ以来常に育種家の研究対象の主体はハイブリッド ティーでありました。この百四十三年の間には先達の育種家が残した数多くの品種が今日も生き続け、貴方との出会いを待っています。少しその物語に触れてみましょう。

ラ フランス
ラ フランス
レディー マリー フィッ ツウイリアム
レディー マリー フィッ ツウイリアム

古花銘花の始まりはラ フランス

HT はフランスの育種家の手により誕生しています。バラを愛しバラに引かれて逝ったナポレオン妃ジョセフィーヌ。マルメゾン宮で彼女の庇護を受けた育種家の手により後の HT を形作る原型のバラ達が生み出されます。

 

19 世紀後半の欧州は爛熟した文化の薫りに包まれ、印象派の画家連や偉大な音楽家、芸術家の時代です。育種家もルノアールやモネ、ゴッホ、ドボルザーク、ブラームスと同じ大気を共有し呼吸していたのです。彼らの手により様々な HT の銘花や基礎となる品種が紡ぎだされ世紀末へとなだれ込んでゆきます。

 

ラ フランスは長い間マダム ヴィクトール ヴェルディアとマダム ブラヴィーの交配により 1867 年に誕生したとされていました。しかし 2000 年に刊行された Modern Roses Ⅺ ではこの交配記録は削除されています。HT という系統名自体、ラ フランスよりのちに考案されているのですが、遡ってラ フランスが最初の HT であると認定され、以来絶大な知名度とカリスマ性を与えられて今日に至っています。繊細な花容はティーローズの面影を強く宿しています。しかし枝は HP の強靭さを受け継ぎがっしりとしています。今までにない新しいタイプのバラが誕生したこの年にペール ギュントが発表されています。2 年後にはアメリカ横断鉄道の開通、74 年には印象派展が開催されました。

 

チャイコフスキーのバイオリン協奏曲の初演は 1881 年。翌年にレディー マリー フィッツウイリアムが英国のベネットから発表されます。柔らかな品の良いピンク、表弁と裏弁の色対比の美しい大輪でティーの香りの花つきの良い品種です。この頃になると計画的に T 系と HP 系の掛け合わせが試されていました。母木のデボニエンシスと父木のマダム ヴィクトール ヴェルディアの両方の長所を受け継いだ銘花です。この品種はマザーローズとして活躍をした優秀な品種です。

 

1890 年にはマダム キャロライン テストゥーが発表されます。初めて購入し栽培したバラが本種であったと先達からお聞きした事があるほど長く作られ続けた品種。美しい花型とコンパクトだがガッチリとした樹形が愛され、多くの子孫を残すマザーローズでもあります。

 

世紀末近くには白の傑作品種が作られます。カイザリン オーガスト ビクトリアです。 91 年の登場でレディー マリー フィッツウイリアムの改良種です。白の剣弁高芯型の堂々たる品種で、ティーローズのミセス ハーバート スティーブンスと比較すると、樹形が非常に立派で、育てやすさが格段に向上している事が分かります。翌 92 年はくるみ割り人形の初演。93 年は同じくチャイコフスキーの悲愴、ドボルザークの新世界よりの初演が行われています。

 

19 世紀最後の年を飾ったのがソレイユドール。このバラの登場により後の黄色大輪種導入への可能性が開かれました。またリバティーは HT に無かった鮮明な赤色を実現します。それまでのピンクと白色主体の色彩に幅を持たせ花色に膨らみが出てきます。またリバティーは来る世紀を暗示するバラでもありました。

 

新世紀は HT の幕開けでもあります。1908 年に深紅色の花色を持つシャトー ド クロブージョが登場します。妖艶な魔性の魅力と称される黒薔薇の始まりです。シャトー ド クロブージョに関してはその真偽の程疑る人や百年を越す時間の中で変化が起こったなど未だ謎めいた品種でもあります。

1912 年にオフェリアが登場します。嵐の後集められた落下種子の一つがオフェリアであるとされます。ラファエル前派の画家ジョン エヴェレット ミレーの描いた水に沈むオフェリア。あの憂いに満ちた透明感のある顔の表情を思い出させる傑作品種です。そしてオフェリア香と称される独特の香り。1918 年には枝変わりであるマダム バタフライが生まれています。

 

このオフェリアがマザーローズとして非常に優れた資質を有していた事が HT にとって大変に幸せなことでした。後に作られたバラの半数以上にオフェリアの血が受継がれていると言われます。

 

オフェリアから続く 2 年間は銘花が続きます。13 年のマダム エドワード エリオ、14 年にはハドレーが相次いで発表されています。どちらも初期の HT として優秀で後のバラに多大な影響力を持つ重要なマザーローズとなります。またマダム エドワード エリオは後に新聞社主催による新花コンクールに出典され見事栄冠を得ます。もう一つの名がデイリーメールローズと記載されるのはこの為です。エドワード エリオは後にフランス首相を務めた政治家です。

オフェリア
オフェリア
スブニール ド クロージュ ペルネ
スブニール ド クロージュ ペルネ

黄色花の登場

1920 年スブニール ド クロージュ ペルネがハイブリッド ティーの世界に初めて鮮明な黄色花を導入します。名の「クロージュ ペルネの面影」とはソレイユドールの作者ペルネ-デュッセの子息クロージュが第一次世界大戦で戦死したのを、父親としての悔やみきれぬ思いをバラの名に託し永久の命を吹き込んだのです。

 

クロージュ ペルネ氏に関しての物語はさらに深い逸話に満ちています。涙なしには語れない物語、結ばれぬ恋の物語です。当時フランスを代表するナーサリーはペルネ-デュッセ家とギヨー家。事の発端はライバル同士の両家の子息と令嬢のロマンスです。当然の事ながら当時の両家には認めることの出来ない恋。悲嘆にくれたままクロージュは第一次世界大戦の渦に飛び込み戦死します。クロージュの弟ジョルジュも大戦で戦死し、ペルネ - デュッセ家はあっという間に後継ぎ二人を失う悲劇に見舞われます。しかしペルネ - デュッセは挫けませんでした。黄色の色素が無ければ現出できないオレンジ色やサーモンピンクの品種を次々に作り、ハイブリッド ティーの色幅は飛躍的に広がったのです。

 

1920 年から 25 年にかけて三つの一重咲き銘花が花開きます。柔らかな杏黄色のミセス オークリー フィッシャーは品の良い 5 弁の花、今でも隠れファンがいる個性的な品種です。ベスビアスはベルベットを帯びた深紅色の一重咲き。23 年の花です。今日でも絶大な人気を保つディンティ ベスはセミダブル咲きの K. オブ K.(Kitchener of Khartoum)を母木として、オフェリアを花粉親として 25 年に誕生します。一重咲きの優雅で美しい品種。四季咲き大輪種の単弁花では No.1 であると思います。

ディンティ ベス
ディンティ ベス
ミセス オークリー フィッシャー
ミセス オークリー フィッシャー

この後数年で世界を導く品種が登場します。その品種を交配親として有史以来最高のバラと最大限の評価を受ける品種が生み出されるのですが、そのお話は次回のへと引き継がせていただこうと思います。

古花銘花が生まれた時代

古花銘花が生まれた時代は育種家の活躍した時代でもあり、想像力あふれる時代でした。ハイブリッド ティーが未だ若く活力に満ちていた時代、育種家は可能性に満ち実に良い仕事をしています。育種学も未だ若く、そして時代も若く可能性に満ち溢れていた時代です。第一次世界大戦後のアメリカはいわゆるローリング トゥエンティーズ、未曾有の繁栄を謳歌していました。英国、フランスについでアメリカの育種家も台頭してきます。

 

育種家は滅びますが生み出されたバラの花は幾世代にも渡って人々の心に語りかけるのです。私たちバラ愛好家にとってはバラ作りの先達が残していってくれた、大いなる遺産です。古花銘花とは人類の遺産とも言い換えられる程素晴らしい銘花の宝庫です。花の美しさや個性的な風貌など思いは馳せますが、古花銘花の魅力の本質は品種の生い立ちや歴史的背景、その後の活躍や評価などに尽きぬ興味が存在するのです。それを書物により追跡をし得ること、これが古花銘花を巡る究極の楽しみです。

 

モダンローゼズはアメリカバラ会が発行している世界バラ登録機構の本で、原種から今日に至るバラが網羅されたバラの辞書です。数年に一度刊行され、最新版はモダンローゼズ XII。育種家には品種の交配過程を各国にあるバラ会(日本では日本バラ会)に報告する義務があり、これがアメリカバラ会により国際登録されます。そしてモダンローゼズに記載され専門家や愛好家の参考資料となるのです。本カタログ表記も総てモダンローゼズを基本としています。

 

古花銘花の魅力、究極の楽しみは品種の生い立ちを辿るモダンローゼズの中の旅にあると思います。モダンローゼズを捲り育種家の思考を紐解くことは実に楽しく、追跡する本の中で空想の庭園や育種への夢、育種家の人物像や背景となった動機や文化が瞬く内に脳裏を駆け巡ります。古花銘花の楽しみは、品種を実際に手に取って栽培することと、この品種の生み出された物語の世界に分け入る楽しみの二つが混然一体となって魅力ある世界を構成しているのです。古花銘花を彩る薔薇物語には実に奥深く尽きぬ興味が存在するのです。

 

神様が作りたもう原種は何処かで生き延びますが、人間によって生み出された品種は誰かが護り慈しまねば早々と消え去る運命にあります。育種家によって産み出された品種の多くが今日に伝わるのは専門家や愛好家による手厚い品種保全の努力があったればこそ。古花銘花は世界各地の公園に植栽され、専門家による手厚い栽培管理に支えられて今日に伝わる品種も多くあります。また世界に多く存在するバラ愛好家の存在も大きく、大切に栽培され幾世代に渡り受継がれています。

 

バラの文化とは何であろうか、どの様な事を指すのか。そんな自問をするとき想いは品種保全を行い後世に伝えてゆくこと、後継者を育てること、そして誰かが欲する時その苗木を購入できる状態を作ることにあるのではと思います。手前味噌になりますが我々バラ専門ナーサリーも古花銘花を大切に守り育てながら品種保全を行っています。育種家と愛好家、バラ専門業者の連携があって初めて歴史ある品種が皆様のお手元に行き着くこととなります。

 

新花を巡る話題でガーデニングブームは活況を呈しております。新花新品種はバラの世界にダイナミズムを生み出します。必然的に育種家やメーカー、量販店が話題の中心としてメディアに登場します。

 

過去の品種とは既に淘汰の洗礼を潜り抜け生き延びた優秀な品種であるにも関わらず新奇性が無いと話題にもなりません。バラの世界は育種家のみが支えている訳ではなく、地道に品種の保全を行う人もいるのです。新花と古花銘花はその両者を語り理解するうえで正に象徴的な対比であろうと思います。

 

四季咲きバラは次の生命を生み出す花を咲かせることと、自らの命を安定させるために枝を伸ばすこと、この矛盾を両立させなくてはならず、微妙なバランス上に成立していると考えられます。甘えるバラと称されるのは、この微妙なバランスを保つためには人による栽培が不可欠だからです。人による栽培を通してのみ、より良好な成長と育種家の目指した魅惑の開花を得られます。古花銘花は育種家によって世に送り出され、長い時間の中で様々な人達により護られ慈しまれ今日まで命を存らえてきました。多くの人々の心に感動や和みの一時をもたらしながら。

 

量販店と専門店がバラ苗業者間で存在する事をご存知でしょうか。専門家ならともかく一般に外観からは判断し難く、メディアは量販店ベースでナーサリーを判断しがちです。新花は量販店、古花銘花は専門店と判断することが我々にはできます。無論大手は双方の要素を併せ持つ部分が有りますが、多くの場合このような棲み分けを行っているのです。

 

村田ばら園は欠品が多いと指摘されます。少量多品種生産を目指す専門店はガーデニングブームの中では甚だ心外ではありますが、周囲の無理解の中この文書をお読みの皆様に支えられ専門店として生き存えてきたのです。村田ばら園は先輩から教えられ受け継いだ従来型の古典的なバラ専門店を時代流に洗練したナーサリーです。


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