育種雑考 Vol.1

古花銘花に登場する多くの品種が今日新鮮に見えるのは個性がそれぞれ素晴らしく、その点今のバラとは随分と異なります。今日のバラは耐病性に優れ木もシッカリとして良く育ちます。また花弁の質にも優れ、切花にした場合でもシッカリと水揚げをして非常に優秀な品種になっています。特に育種を職業としている方々の品種はどれも育てやすいと思います。

 

私が古花銘花に限りなく愛着を感じるのは、何処と無く懐かしさを覚えるから。俯き加減で咲く品種も愛着を覚えます。育種家の個性や目標が強く反映されている場合もあります。何処がそんなにいいのか聞かれても答えようの無いのも魅力です。

 

庭園を作る上に於いて使うバラは個性的な品種を特に求めます。せっかく人に観てもらうんだから印象に残るバラを使いたい。いいバラとは ? と言う問に答える専門家は異口同音に、「誰が作っても良く咲くバラ」と答えます。しかし、庭園をこの様なバラで埋めても感動が得られる保証は有りません。ここが難しいのです。

 

村田バラ園のカタログに品種数が多く掲載されている意味はこの様な側面を持ちます。また、これを言うと自画自賛の宣伝になるのですが、育種を志す方により多くの素材を提供したいと言う思いからでもあります。育種は計画性とインスピレーションが支配する世界です。科学的な統計や育種学を基に計画的な作出をする場合でも、偶然性が大きく作用する事が有ります。新しい品種を作れるのはこの偶然性を操れる才能を持つ人間である様に思います。

 

偶然性の後ろに隠れた神秘性も見逃す事はできません。むかし伊丹ばら園で坂本さんから聞いた話。坂本さんは当時大船植物園に勤務されていた脇坂誠さんと懇意にされていた方でお二方とも故人となられましたが、脇坂さんの話を又聞きの状態ですが非常に面白く拝聴していました。いわく、「あの人の交配は確かに良いバラを出してはくる。水準には達している。しかし、どれも致命的な欠陥がある。人を引きつけて止まぬ魅力が無い」。

 

人を引きつけて止まぬ魅力は科学的にも統計学的にも分析など出来ようはずも無く、結局はその人の人格、美学、直感力が大きく作用する世界でしょう。そうでなければ皆同じようなバラしか生まれてきません。これでは栽培する我々も魅力を感じません。

 

自分が菊雄さんを間近で見ていて感じたことはというと。育種は神秘性を操ることであり、それは持って生まれたもので有る。育種とは個人の美学であり、育種家は芸術家である。そのような感想を持って勉強させていただいたものです。

育種雑考 Vol.1
天津乙女 1960 年 寺西 菊雄作出

育種家の仕事は人の心を幸福にすることではないでしょうか。品種を選ばれた人がバラを栽培し花を咲かせて人生を幸せに過して行くことが目標です。古花銘花の作者は故人ですが、育種家は滅んでもバラの花は幾世代に渡り人々が愛し育て続けています。だから育種家は崇高な職業であるのです。崇高な育種家のみが偶然性の裏側に潜む神秘性を操れるのです。

 

私は気が多く何をしても三日坊主で飽きっぽく根気の無い人間です。根気が育種に於いて如何に重要な要素であるかは判ってはいるのですが。しかし、自分も何時か神秘性を操れる人間に成れると信じる一人です。生きている間は諦めずに心だけは持ち続けようと。近々に悩み事を坂本さんに聞いてもらいに行こうとも考えています。

 

アマチュア育種家にはプロには出来無い役割が期待されます。生活が掛かっているプロには出来無い冒険が出来ること、プロではできぬ野心的な交配を試みる事もできます。ライフワークとして生涯一つの作品を追い続けるアマチュア育種家もあり、プロとは違う深い世界へ分け入ることもできます。より個性的な品種や掲げた目標に一直線で向かう事もアマチュアならではの役割です。

 

日本にもアマチュア育種家は多くいらっしゃいます。もし日本バラ会の中に個人育種家部会の様な組織ができれば情報交換の場として役立つでしょう。そこでは育種にかける情熱が優先されます。創造の現場は常に挫折と同居で、根気よく時間をかけて自分の親木を探し作りだすのです。利益を優先させては人に愛され続ける品種を生むことはできません。自らの感性に導かれ、魂を込めた良いバラができれば、結果として利益を生むことになるかも知れません。かつてのビートルズの様に。


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