バラ雑考 Vol.1

最近つるバラのベイサルシュートをバスッと切ったり、シュートピンチするのが良いなどと言われます。この事に付いて少し検証を加えてみましょう。いま皆様とご一緒に考察を加えておかなければつるバラの世界や積み上げてきた文化の崩壊を招く恐れを感ずるのです。

 

つるバラのベイサルシュートを生育中にピンチしたり途中から切除する事が園芸雑誌上で書かれています。目的はどうあれ生育中のつるバラのシュートを剪定対象にすることの意義が明確では有りません。元々枝が長く伸びる品種であれば伸びた枝を利用して翌春のより良い開花状況を演出するのがつるバラ本来の面白さで有ると考えます。

 

もしつるバラのシュートが意に反し伸びるのであれば、明らかに品種の選定ミスであろうと思います。また、庭造りは創意工夫を凝らすところに非常なる喜びと楽しみがあります。枝が伸びて困るのではなく、伸びた枝を如何に使いこなすかに面白みを感ずるのが庭で遊ぶ醍醐味です。

 

この庭造りに対しての情熱がいささか失われて来ているように感ずるのです。面白さの源泉である伸びる枝、これを切り捨てるようなバラの文化が根付くとつるバラの庭の美しさは失われていくように感じます。伸びた枝を邪魔だから切るは明らかに引きの思想です。

 

つるバラの庭が他の庭と異なる点。これは補い足す思想を基に作る庭であることです。つるバラの庭を料理で例えるとフランス料理でしょうか。調味料や様々な素材を組み合わせ足して美味しい料理を作り上げる。だから素材である枝を大切に残し使いこなすのです。最近は情熱がほとばしるような人間臭く面白い庭を作る人が少なくなったのでしょうか。

バラ雑考 Vol.1

ガーデニングブームの中でこの文章をお読みいただくお客様も我々も、随分と不正確な情報に振り回され、過ちを冒して来たと思います。しかし情報を発する側は反省や謝罪の必要が要らない世界らしいですから、情報の受け手が今一つ一つの事柄に対しての検証を加え、少しでも建設的な方向性を見出す努力をせねばならぬと感じます。

 

四季咲きバラの剪定理論の所でシュートピンチに付いて考えました。枝は指先で摘み取れるほど柔らかな状態であれば枝の再生に要する時間は極めて短く、また再生する枝は元枝と遜色の無い太さの枝が出る。枝が固く締まった充実している状態であると剪定してから枝の再生までに要する時間は長く、再生する枝は細くなる。だから夏剪定はそのギリギリを狙って上手に枝の充実度合や太さを見極め剪定を加え秋に良花を得る。これが四季咲きバラの夏剪定の理想像です。

 

最近庭園に植えられている様々なシュラブローズに対してのシュートピンチはなぜ必要なのか。そもそも花壇に植えるには四季咲き性を持たぬため枝が伸びすぎる傾向に有ります。何故枝が伸びるかは四季咲きバラの項でお話しました。花壇に植栽されたこの様な品種は長く伸びるベイサルシュートを剪定して姿を整えています。ベイサルシュートの剪定時期は枝がある程度の硬さを持つ頃に行います。こうすると剪定した枝から再生するのは小枝がより多く出るようになり、太く長く伸びる枝は出にくくなるのです。

 

花壇に植栽されたバラとしての整合性を保つため、小枝が密生する姿を保つためには強い伸長を見せるシュートは不要です。ある程度に成長した株は新たなシュートを枝が固まってから基部を少し残した状態で総て切り低灌木の姿をつくるのです。シュート切除により発生した小枝の先端は剪定をせず伸びやかな拡がりのある株姿を作っています。この点が重要なポイントです。

 

このようにして花壇に植栽されたシュラブローズをある一定の背丈に止め、庭園としての美観を保っている様に思われます。これはあくまで私の私見。仮説の域を超える物では有りませんが。

 

確かに新しい価値観の導入を図っている事は分かります。しかし、花壇に植えるバラで適性を持つのは明らかに四季咲きバラで有ると思います。開花により枝の伸長が止まり、大きく成長することがあまりないこと、剪定によって樹高の調節がある程度はできること、剪定によって開花時期調節が可能であることなど、花壇を維持管理する側にとっても、訪れて観賞する側にとっても好都合です。

 

日本人は植物の枝先を切りすぎるのです。枝の先端を切ると周囲にある他の枝との調和や関連性の様なものが失われ、孤立した姿になります。枝の切り方一つで景色は変わります。庭の世界に於いて安易な刈込はこの後必ず見返さざるを得無い状況が生まれます。

 

樹形的にも、また訪れたお客様に対しても四季咲きバラに花壇バラとしての整合性を見出せる事が多く、シュラブローズは明らかに不利であります。何故ベイサルシュートを切り捨ててまで使う必要性があるのか。よほどのチャームポイントを持っているのでしょう。

 

危惧を抱くのは総て剪定で問題を解決する姿勢が、果たして次の文化を生む事が可能であるのか。芳醇な文化の香りを持ちうるのか否か。この点にかかります。庭の文化には細やかな人に対しての心使いが息づいています。この情熱が存在しますでしょうか。

 

この弊害は確かに出ています。鑑賞庭園に於ける四季咲きバラの剪定が大きく影響されたのです。元々経験豊富なバラ専門家は数が非常に少なく、また専門家の中で鑑賞庭園のノウハウを持っている人間は絶滅種です。鑑賞庭園の意味を悟らずこの剪定理論を厳格に適用すると、文化の崩壊が起こります。

 

数十年と言う時間をかけなければ得られない姿を持つバラに強剪定の理論を適用したため、長い年月を一瞬にして失った事例が有ります。「もう自分が存命中にあの姿を見る事はできない」。これが現実に起きている事実です。庭園の中で一概の基に剪定を行う怖さが分かります。

 

庭園の美学はなにも英国のみならずで、仏にも独にも美しい庭園学や剪定理論があります。我々はもっと広くバランスよく物事を見て判断能力を養う必要を痛感します。失う物の大きさを考えると背筋が寒くなります。


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